IKUOのひとりごと 〜フランス便り〜


<2011.8.24 File No.20>


シンデレラの靴


私の周りには、教養が有って物知りで、何でも質問すればすぐ答えが返って来る
生き字引と言える人が結構居て便利で重宝な思いをしている。
彼らに共通している点は、みんな百科事典を何時も手元に置き、不明点が有れば
即座に調べる百科事典愛好家達である。
人にすぐ質問して用を足す自分とは違い、自分自身で調べるのだ。

2〜3年前になるが、そんな便利な友人の一人、K氏を交えて大阪で夕食の折、
シンデレラ物語が話題になった事が有る。
原語のフランス語ではCendrillonがタイトルだ。
作者シャルル・ペロー(1628〜1703)、1679年に書かれたと言われている。
ちなみにCendrillonとはフランス語で灰を意味するcendreから来ているが、
灰にまみれた娘、と言う所だろうか。

ペローはオルレアン大学で法学の学位習得、弁護士として2度弁護したのみで
再び弁護士に戻る事なく文学の道を歩み、1671年、コルベールに認められ
アカデミー・フランセーズ会員になり、ルイ14世に仕えた。
ルイ13世統治下、1635年に正式に認められたアカデミー・フランセーズの
当時の仕事は、フランス語を規則的で理解可能な言語に純化し統一。
辞書と文法書の編集を重要な任務としていた。
会員として認められたペローも、フランス語を大切にする仕事に就いていたと
容易に理解出来る。

ペローのシンデレラと同様の話が世界中に500余り有ると言われるが、
一番古い話として現在知られているのは、ギリシャの歴史家が紀元前1世紀に
記録した、ロードビスの話が有る。
美しい女奴隷が、踊りが上手で主人からバラの飾りのついたきれいなサンダルを
贈られるが、洗濯中に濡らしてしまい、石の上で乾かしていたサンダルの片方を
ハヤブサが持って行き、メンフェスに居たファラオの足下に落とした。
ハヤブサがホルス神の使いだと考えた王様が、足がぴったりサンダルに合う娘と
結婚する、と発表。
奴隷の娘を見つけ出して、結婚する。という話だ。

グリム兄弟のAschenputtel(アシェンプテル)となると大人の残酷な童話、
二人の姉達は靴に合うよう爪先や踵を切ったりして血を流すし、
結婚式では復讐として、肩にとまった鳥に姉達は目をくり抜かれて話が終わる。
(独asche:灰)
とてもディズニーが子供用にアニメを制作出来る物語ではない。

大阪の物知りK氏の話の内容は、シンデレラの靴はガラスだとされているが、
ペローの書いたのは、本来リスの毛皮の靴だった???
フランス語ではガラスはverre, リスの一種の毛皮はvair,発音は全く同じヴェール。
もし、これが正しいとすれば、何時、誰がガラスの靴に変えたのか?
単なる間違いで、あるいは故意に?
この辺りがハッキリしないけど、分かりますか?という質問だった。

シンデレラの書かれた17世紀では、最高の毛皮とされていたクロテンは
王様やごく限られた貴族のみが所有出来る超高級品だったと言われている。
Vairと言われる、シベリアリスの毛皮も、矢張り高級品だ。
舞踏会に履いて行く靴として、適しているのかどうかは分からないが、
少なくともガラスの靴よりは、足が少々大きくても、入らなくもない気もする。
若い頃、バーゲンで買った足に合わない靴を、何日も痛いのを我慢して履き
足に合わせた靴になったのを思い出す。

K氏には、自分なりに人に聞いたり、調べたり、してみます、と約束した。
以来、機会あるごとに随分多くの人に尋ねてみた。
若者達は全てガラスの靴以外、知らないが、4〜50歳以上の半分以上は
ガラス、又はシベリアリスの毛皮、の両方を知っているが、
誰一人としてどちらが正しいか知らなかった。
同発音の為、翻訳時に間違えた、あるいはディズニーがより面白くするため故意に
ガラスに変えた、等など、全て想像の話で確信がない。

17世紀の原本を初めから探す気もなかったが、何か役に立つ資料はないかと
探し始めたら、何時からガラスと毛皮の話になったのか、分かった。
約200年後の19世紀になって、初めてバルザックがverreは誤字で、vairが
正しいと、ガラスではなくシベリアリスの毛皮の間違いだった、と訂正したそうだ。
と言う事は、本来矢張りガラスの靴、と書かれていたようだ。

バルザックに対抗して、アナトール・フランスは、ペローは故意にガラスの靴と
した、と反論している。
カボチャやネズミを舞踏会に行く為の馬車に換えるという魔法の世界、
踊ったりするには不便なガラスの靴でも一向に問題ではない、と書いている。

どうやら、元々ガラスの靴、として書かれたのが正解に思えるが、仮に印刷工が
誤って同じ発音のガラスと誤植したとしても、200年間訂正されなかった事も
説得力に欠ける気がする。
ペローが故意にガラスの靴としたのか、又はシベリアリスとすべき所で
スペルを間違えたのか、真実は依然として分からず本人のみが知る所である。
ペロー自身は、フランス語の辞書作成に関わるアカデミー・フランセーズの会員で、
彼自身が誤字を使ったとは思えなく、あくまで故意にverre,すなわちガラスの靴、と
書いたのに違いない。

ディズニー社に大儲けさせたシンデレラ物語や、眠れる森の美女、長靴を履いた猫、赤ずきんの作者でもあるペローの、巧みな想像力に改めて驚かされるばかりだ。

K氏からこの話を聞いたときは、まるで宿題を受けるような気で受けたが
夏休みも終わりに近づいた今、やっと宿題から解放された気がする。
次はどんな課題を受けるか、お会いするのが楽しみな一人だ。
Kさん、次の課題は又、次回日本で!



                        2011年8月   
                       

                      メイエ村にて
                           一森 育郎






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