IKUOのひとりごと 〜フランス便り〜


<2012.1.6 File No.22>


渡り鳥の師走


秋が深まって来る頃、本格的に寒くなる前にフランスを後にして、
渡り鳥のごとく春の訪れを待つのに南国タイへと生活の場を移動する暮らしを
始めてから既に20年余りになる。

パリを飛び立って1ヶ月過ぎてしまった。
長旅での時差や疲れをバンコックで2泊して凌ぎ、一挙に巣のあるチャン島に来て、
ホテルのオーナーや顔馴染みのスタッフ、先に着いている渡り鳥達から歓迎された。
同じ部屋で同じ眺め、前回出発したときと同じ状況の、
春まで我が家になる住み心地よい慣れた場所だ!


着いてから、気が向けば朝食前に釣りに降りる。
餌となるイカを魚屋で仕込み、細かく切っていくつかの袋に小分けして
冷凍した物を1袋ぶら下げて降りて行く。
早朝は風が強く肌寒い。時にはセーター引っ掛けてホテルの海岸から釣る。
目的はハタ、フランス語でmerou、タイ語でパーカオと呼ばれる高級品だ。


 
当たりが大きく釣りごたえあるハタ


重りだけ付けて底釣りするので、岩や藻に引っかかるが、強く引いたときの
醍醐味が楽しくて止められない。
朝食後から、食パンで浮きつきで、すぐ近くでワンサと泳いでいるサヨリや
俗にいうタイガー・フィッシュを釣りに来る長期滞在の知人も居るが
子供だまし、と馬鹿にして最近は一緒に釣る回数が減ってしまった。
何れにしろ釣れた魚はスタッフへのプレゼントとなる。

8時前後に朝食に降りるのが習慣となった。
その後、ロビーでi-podからメールチェックして未だ暑くなる前の朝の散歩。
新聞を見たり、ネットを見たり、友人と雑談してくつろいだ時間を過ごし
部屋で片付けごとをしていれば、あっという間に12時からのニュースがテレビで。
1時からのフランスの早朝ニュースを生放送で見た後、昼食に。

暑い日中は部屋で仕事。





5時前から海岸に降りてひと泳ぎした後、マルセイユ発祥の球投げ遊び、
ペタンクを海辺でワン・ゲームして部屋に。
シャワー浴びて夕方の散歩。
6時過ぎが日没時で、部屋に戻る頃は既に真っ黒になっている。

7時半からのニュースの後、今度は夕食に。
そして1日終了。
毎日、単調に規則的に過ぎて行く。
主な日課を文章にすれば、何の変化も面白くもおかしくもない退屈そうな毎日だが、
細かい事はそれなりに、何だかだと、起こる物である。


春夏コレクションを持って、12月初めに営業が顧客であるパリの店を回り始めたら、全ての店のオーダーに、売れるアテをしなかったアイテムが売れている!
営業本人が気に入ったシリーズなので、売り込みにも熱が入るのだろう。
自分には大変困った事になってしまった!!

実はずっと以前にオリジナルで制作したトルコ石状の樹脂を、
ストックが多いので丁度春夏で良いだろう、と、今回使ったシリーズだが、
既に入ったオーダーだけで、材料が不足してしまったのだ。
慌てて以前制作したアトリエに、久しぶりに連絡したら、
既に会社は無くなっている。。。
他の取引の有ったアトリエも、矢張り連絡が取れなくなっている。
仕方なしに高い事承知で、付き合いの続いているパリのアトリエに
見積もりを出してもらえば、矢張り高い!
ネックレス1本売れたら、12ユーロの損失になってしまう。
営業にその旨伝えて、以後このシリーズは製作ストップかけてパリを出発した。


    
      2012年春夏コレクション
 

バンコックに着いたら当然の事ながら、彼から何とか解決策はないものか?
とのメールが届いていた。





コミッション制で働く営業にとって、売れる商品をメーカーが提供出来なければ
彼らにとっても面白くない。
お客さんにとっても、自分の店で売れると思う商品を提案出来るメーカーでないと
魅力なくなる。

チャン島に着いてからも、ずっと気になる事で、営業とのやり取りが続いていた。
彼からヒントを得て、以前アクリル・シリーズを制作したフィリピンの工場に
数年ぶりでメールを入れてみたら、出来ると思う、との回答。
写真を送ったり説明したり、大雑把な見積もりを出せる情報提供して
届いた価格で何とか儲けは大して期待出来ぬが、
せめて損失無しで納品出来るメドがついて急遽2500点の樹脂石を、
オーダー出したのがクリスマスの前日!
インターネットのお陰で、渡り鳥暮らしも随分楽になった。


クリスマス・イヴは、同じホテルに長期で毎年ドイツから来る日独カップルの
素敵な二人に、ホテルのビーチサイド・レストランで夕食を招待された。
チャン島に来始めて15年位過ぎたが、友達になりたいと思う程
魅力的な人に逢ったのは、片方の手で十分数えきれる程しか居ない。
大半は、ごく普通の、ありふれた人たちで、改めて知り合いたいと思う程の
何かひと味違う物を感じさせる人は、まず逢う機会がない。
(注:当然相手も自分の事をそう言う目で見ているはず)
むしろ、マナーも悪く、常識ない人の方が旅先では見る機会が多い気がする。
(注:自分はそうでない事を願っている)
旅先だからそうなのか?自分の国ではまさかそこまで無作法ではないのか?
分からないが、自分の回りでは普段見る機会のない無礼な人が多いのは確かだ。

そんな中、クリスマス・イヴの夕食は、久しぶりに気心知れた友人達と
馴染み親しんだ気分で、リラックスして話題も豊富で、
知的会話を楽しんで、通常遠のいている文明と言う物に久しぶりに接したような
楽しいひとときを、プレゼントされた。
ここで知り合う人たちとは、天気の話、何処から来た、どこへ行った、何を食べた、
程度の当たり障りのない話しかしないので・・・

クリスマス・プレゼントも、何も用意していない予期せぬご招待だが、
自分で欲しいと思う物は何も売っていないチャン島で、
何かお礼の気持ちを伝える方法は??
結局ありふれたバラを贈る事にしたが、花瓶の問題が有る。
お互いホテル暮らし故、部屋に花瓶のないのを承知している。
道路側の店は土産店と洋服屋ばかりで、数軒あるスーパーを探しても売っていない。
探しまわったあげく。ココナツの実を買って、上の部分を切り取ってもらって
花瓶代用にしてブーケを作ることにした。



ココナツの殻を利用して作った自家製ブーケ


パリからの連絡で、店の契約更新の連絡が届いている、と言う。
サインが必要ですが、どうしますか?と。
当然家賃値上げだが、フランスの法律で、物価上昇に応じた分しか値上げ出来ない。
数字が合っているのか確認しなければサインは出来ない。
早速、学生時代から知っている顧問弁護士のフィリップに連絡。
メールのおかげで何処からでも何不自由なく連絡出来る。
ただ、3年前の更新前の書類が必要と言って来た。
こちらもアパートの鍵を持っているシャルロットにメール入れて
保管場所を教えて探してもらい、弁護士に送ってもらう手はずが済んだ。
後はフィリップがやってくれるので、肩の荷が下りた。


6月18日からクロアチアの観光地、ドブロブニクの美術館で個展が決まった。
アクセサリーの種類が金、銀の一点物、コレクション、アクリルなど種類が多いが真鍮を編んで作るシリーズ20点位も展示品の中に入れる予定で、
パリで温めておいたアイデアで、製作にたっぷり時間のかかるのを
ここでじっくり作る事にして、既に半分以上、仕上がった。
浴室に並べて展示して、毎日眺めてこれで良いかと自問している。


既に仕上げた展覧会用レース・シリーズ


チャン島に着いてから、どう言う訳か毎朝、風が強い。




午後からは収まるが、例年より気温も低い気がしていた。
クリスマス前頃から通常の気候に戻ったようで、久しぶりに暖かい海で
泳いだり、水に浮いたり、長い間水に入っていた。
ヘルペスで片耳を失ってからは、必ず耳栓を付けて水に入るが
耳栓をとっても音が入ってこない!
長い時間水の中に居たので、どうやら水が入ってしまったようだ。

夕方の散歩時、ベルギー人とタイ人の経営する、仲良くなっている薬局に寄って、
水を吸入する為の器具を買って来た。
やり方が悪いのか効果なく、近くの音がかろうじて聞こえる音無の世界。

炎症を起こしてないようで、全く痛みがない。
何度かやっている中耳炎ではなさそうだ。
耳垢で塞がれているのでは?と、翌日は別の薬を買ったが、矢張り効果無し。

医者に行くにも、チャン島のクリニックには耳鼻科がないという。
友人からは、片耳しかないのだから、フランスに戻って診てもらう方が良い、と
気になる事を忠告してくれる人も現れて、恐くなり始めた。
以前、タイで中耳炎から鼓膜に穴をあけて聞こえなくなり、6ヶ月間不便して
日本で鼓膜再生手術を受けた、唯一聞こえる曰く付きの耳だから・・・

ホテルのレセプションで、フェリーに乗ってメインランドのTratまで行けば
耳鼻科のある病院が有るかどうか、調べてもらったら
丁度顔なじみの予約係のメイが、自分の行った耳鼻科がある、と、教えてくれた。
既に48時間以上過ぎている。
翌日は大晦日。
果たしてちゃんとオープンしているのか?確認してもらい
車の手配をして、朝8時出発の準備を整えて、明日に賭けるしかない。
耳の具合が面倒そうなら、その時はフランスに戻る決心をした。

大晦日の急いで済ませた朝食後、すぐ出発。
フェリーも未だ空いている。すぐ乗れた。
ドライバーも場所を知っているとの事で、迷う事なく9時半頃着いた。
が、肝心の医者が留守中で、50分待たされてやっと診察。
タイでは医者、薬剤師、ともに英語が必須らしく、その点は便利。
簡単に経緯を説明して、先生が耳を診て一言、“耳垢です”。
英語ではwax、フランス語ではcire(ワックスの意)と言うのを初めて知った。
1分で診察終了。
音が戻って来た!!
3日ぶりに聞こえる音。騒音一つ、懐かしい。
帰りのフェリーのモーター音すら、楽しく馴染み親しんだ音に聞こえる。





メインランドTratの耳鼻科医院



そんなこんなで、何の心配も気にかかる事もなく、大晦日の夜を迎える事が出来た。
夜のパーティーはうるさい音楽が12時まで続くが、病院に行くのを
一日遅らせた方が良かったね、と、回りから笑顔で冷やかされながらも
聞こえる事に感謝して、新年を迎える事が出来た。

今年も健康で、笑顔で過ごせますように!! 



     

チャン島にて2012年1月6日
 

いくお






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