IKUOのひとりごと 〜フランス便り〜


<2012.10.15 File No.23>


ムーランの歯医者


年を重ねると嫌でも自分の肉体の老化現象を思い知らされる。
中でも誤摩化せないのが歯の老化。
治療に通わざるを得ない。

元々、歯に関しては子供の頃から自分の弱点の一つだった。
成人してからもクラウン、ブリッジ、と未だ自分の歯が残っている?と思う程
頻繁に歯医者通いをしてきた。

この20年通ったムーランの歯医者が、子供専門の歯科医として病院で働く事になり
他所で開業している奥さんを紹介され、最後のブリッジは彼女がしてくれたが
旦那と比較して無愛想な上、手荒い治療で手仕事に向いている?と疑問を感じて
満足出来なかった。


春、日本に行く前に運悪く又、下の歯が1本欠けてしまった。
死んでいる歯で痛みは無いが、欠けたままでは置いておけなく治療が必要だ。
丁度、友人から良い歯医者を見つけたと聞いていたのを思い出して、紹介してもらった。

電話した1週間後にアポが取れた。
欠けた歯を見てすぐ緊急処置が必要とは判断されなかったようで
むしろ他の根っこに炎症起こしている方が心配だ、と言う。
長い旅行だから、日本から戻ったら、歯全体のパノラマ・レントゲンを撮って
持って来なさい、とアポをくれた。

日本から戻って、今度はクロアチアにすぐ行くのですが・・・と予定を伝えて、
パノラマ・レントゲン持参して行ったら、治療は旅行後にしましょう、という事に成った。
クロアチアから戻ってからのアポでは、先生のバカンスがあるので夏は1ヶ月休業。
結局バカンス開けてから治療開始,という事で、未だ治療始まらず。


日本、クロアチア、バカンス、の間に既に4ヶ月過ぎ去ったのに
治療らしき物は何もされていない。
その間、自分の歯の老化は刻々と進み、欠けた歯、かぶせた物が
取れた歯を合わせて4本になり、根っこの炎症も時々傷み(?)を感じるときが有ったりで
治療すべき歯が5本に成ってしまった。
残っている自分の歯が全て治療必要か、と思える状態だ。

バカンス開けの初日のアポで、まず痛みを時々感じる根っこから治療する事に成って
やっと念願の治療を始めて頂ける、と感謝の気持ちで感動した。
最も治療は、簡単な注射1本、根っこに打つだけで30秒とかからないけど。。。
この注射は抗生物質で炎症を抑える効果がある、との説明。
歯の治療も年々進歩を遂げ、子供の頃のように恐ろしい物ではなくなったのは確か。
良い薬、治療法も開発されて、治療される方も楽になった。

たった1分足らずの治療に、毎回ムーランの町迄車で往復40Kmの距離を行く。
その後、欠けた歯も治療が進み、既に2本完了して、残りの治療1本と
最後の1本は傷みがひどいので、クラウンにする事に成っている。
何とか11月中旬からの4ヶ月半にわたる長旅の前に終了出来そうでホッとしている。


車で行く為、時間の余裕もって10〜15分前には通常着くように出かけるので
毎回15分前後、待合室で時間を過ごす。
早いときは3人位の患者がその間に帰って行く。
という事は一人5分位の診察時間。
なのに、私は毎回30分位かかる。
治療が無いときも含めて。
何故か?

先生は毎日の診察で、退屈しているようだ。
私との会話がお好きなようで、歯とは全く関係のない事を話して
診察中の気分転換されているようだ。

初めて訪れた時、以前両親と行った日本が大変気に入った。
素晴らしい国、国民だ、と福島の災害後の態度も含めて、盛んに日本を褒めたたえ、
比較してフランスの欠点を話していたが、異邦人である私が同調してフランスの
悪口を言う事も出来ず、話を濁して聞いていた。

どうやらその後の話でも、フランス人よりアジア人のデリカシー、
哲学の方が先生の性に合うようだ。
メイエ村の近くのノワイヨンという村は、石炭坑が閉鎖された後、空家と成った坑夫の家に
ベトナム、ラオス、カンボジアからの移民を受け入れたのでアジア人が多く住んでいるが、
患者であるベトナム人のマダムを、リヨン(250Km位)に住む息子が車で送り迎えして
診察に来るそうで、フランス人なら考えられない、と感心していた。


先生はかなりの物知り、インテリらしく何でも良く知っている。
紹介された友人は、初めて行った時、Jean Raspailに良く似ていますね、と言われたそうな。
誰もが知っている程ポピュラーな作家ではないが、お互い書物を読んでいたので
共に驚き文学談義を交わしたそうな。

ある時、診察後これからパリに行く、明日は友人の絵の展覧会の
vernissage(展覧会初日パーティー)が有るので、と話したときは、
話が弾んで、Foujitaの話に成った事が有る。
Foujitaに関わる話から、古き良き時代、モンパルナス、と話題が耐えない。
お父さんはFoujitaのデッサンを1枚持っている、とも話していた。

アクササリー作る仕事と歯医者の道具は、同じような物を使うので
色々自分の道具を出して見せてくれた事も有る。
入れ歯のメタル部分を磨く物等は、全く同じ物を使っている。
歯医者の機械程アクセサリーの機械は立派ではなく、回転数も低いけど
一度使ってみたい物だ。


先日の診察時は、治療の前に今日は見せたい物が有る、と浮世絵を見せてくれた。
パリのオークションで手に入れた物らしい。
1枚は北斎の東海道53次のうちの一枚。
見せたい物は、小さい春画で、2枚合わせた物で、合わせ口の裏側に書いてある字を
説明して欲しい、という事だった。
よく見ると、どうやら本の合わせの説明らしく
おそらく2グループの13番目、という具合に解釈するが、と説明したら納得したようだ。
歌麿も一枚持っているそうだ。
その後は、浮世絵が如何にフランスの画家達に影響を与えたか,
どうやって日本からフランスに入って来たか、等、会話が進むが、
治療もちゃんとしてくれた。


元々の家系はベルギー国境に近い、北の方で、プロテスタント。
18世紀には多くの家族がオランダ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、などに分散したらしい。
結婚して、奥さんの宗教で自分もカトリックに成っているそうだが
個人的には仏教に共鳴するらしい。

生後間もない子供を一人無くして、未だに心の傷が有る事や
ムーランで開業医しているが住まいはヴィッシーだ、とか
子供の頃ロンドンで学び英語は出来るが、同じように住んだドイツは馴染めず
ドイツ語は苦手だ。
娘は中国語を習っていて・・・
などなど、プライバシーな事も結構話されるようになって来た。


診察が終わって帰るとき、チラッと待合室で待っている患者さん達が見えるたび、
長い間待たせて申し訳ない、とついつい思ってしまうが
先生は余り気にしていないようで、話が次々と進み
朝から晩迄、歯の治療以外何も出来ない先生の、せめてもの気分転換に
一役立てるなら、こちらも会話が楽しいから、まぁ、良いか。


秋の旅の出発で一区切りは付くが、既に次の歯の治療が必要な所が有るので
来春戻ったら又すぐ来る必要が有ります、と今から釘を刺されている。
何れにしろ歯医者とは縁が深いので、絶えず治療する歯が有って
未だ当分、先生との会話を楽しめそうだ。




     

メイエ村にて 2012年10月12日
 

一森 育郎








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