IKUOのひとりごと 〜フランス便り〜

<2009.3.7 File No.16>

トワレット

私がフランスに居る時には、パリと田舎の半々の生活を出来るよう望んでいたが、
この頃は田舎暮らしが心地良く、パリに居る時間の方が短くなってきた。
その居心地良い田舎とは、オーヴェルニュ地方のアリエ県、
フランスの地図で見ると丁度真ん中、フランスの臍にあたる部分にある。

オーヴェルニュ地方といえば、中央山塊の自然の厳しい寒村を想像し、
この地の人は倹約家、と言うイメージが定着している。
アリエ県はオーヴェルニュの北端に位置するため、未だ山はなく、なだらかな丘陵地帯で
もっと南の山側に比べると気候もさほど厳しくはなく、むしろ穏やかな気候といえる。
農作物を造るより、白い食用牛シャロレーや食用にするための羊の牧場が中心産業である。

ニエーヴル地方の街、ヌヴェール(Nevers)でアリエ川とロワール川が合流するが、
川上にあたるアリエ県庁のある街ムーランで、パリから電車で来る時下車して、
さらにアリエ川を渡って20Km南西に入った所に私の村、メイエ村がある。

この辺り一帯を、ブルボン地区と呼ばれている。(ブルボネBourbonnais)
知っている人はブルボネと聞けば、なだらかで緑一杯の平和な風景を思い浮かべる。
ウイスキーのブルボンと同じだが、語源はフランスの王朝、ブルボン王朝から来ている。

西暦481年、クロヴィスがフランク王国の王として、フランス初代の王様に即位、
その後、特に12世紀以降フランスの統一国家の基礎を築き、王権を強めたカペー王朝、
更に枝分かれしてヴァロア家の血を受け継ぐヴァロア王朝へと続く。

ルネッサンス期の王様で、レオナルド・ダ・ヴィンチをロワール川のお城に呼んだので
知られている芸術を愛したフランソワ1世は、ヴァロア家の王様の中で、特に有名だ。
1519年、ダ・ヴィンチはロワール川のアンボワーズ城で亡くなっている。

私の村から10Km程の所にあるスーパー・マーケットで、殆ど何でも必需品が手に入るが、
町の名がブルボン・ラルションブールという、紀元前ローマ人に既に開発された温泉町。
温泉と言っても日本の浴場とは違って、リューマチに効くという治療場で
健康保険を利用して、シーズン中は杖を突いたお年寄りが2〜3週間滞在して
観光方がてら治療に来る所だ。

壁の一部のみ残っている廃墟が高台にあるが、これがブルボン家第1代目のお城の後だ。
預言者として有名なノストラダムス(1503〜1566)の生まれるずっと以前、
当時は誰もこんな田舎から、将来フランス国王が出るとは想像しなかっただろうが、
約400年後に、アンリ2世とカトリーヌ・ド・メジチの娘婿に当たるアンリ4世が
ヴァロア家の後をついで、ブルボン家第1代目のフランス国王になった。

後にルイ13世,14世,15世、そしてヴェルサイユ宮殿での華やかな宮廷暮らし、
1789年フランス革命が起こり、革命後にはお后のマリー・アントワネットも同様
コンコルド広場でギロチン台にかけられた、かの有名なルイ16世へと続くのが
ブルボン家の家系だ。

さて、ブルボン家第1代目のフランス国王アンリ4世は、1589年に即位している。
日本では、信長、秀吉の安土桃山時代にあたる。
五右衛門風呂で有名な大盗賊、石川五右衛門(1558?〜1594)はこの時代に
京都、三条河原で釜煎りにされたと広辞苑に出ている。
日本で風呂に入る習慣は、何時からあったのかは知らないが、おそらく五右衛門風呂
以前にも、温泉の多い国ゆえ、入浴して温まる習慣はあったのではなかろうか?

16世紀末のフランス国王、アンリ4世は彼の人生で2回だけ入浴した、と語られている。
2回の人生の華舞台、自分の結婚式の時と、国王になる戴冠式の時だそうだ。
ルネッサンス期の華やかな装いの紳士淑女たちも、一皮剥けば何と不潔な感じがする。
ノミやシラミに全身覆われていたそうだ。
今のように虫除けのスプレーもなく、虫除けの為、にんにくを沢山食するだけでなく、
身体にも付けていた、とも言われている。
さぞ悪臭がひどかったに違いない。

一説によると、オート・クチュールがやたら香水を出すのは、悪臭を誤魔化すため、と
言う人が居るが、これは定かでない、眉唾ものだ。
誤解の無いように言うが、現代のフランス家庭は、風呂、シャワー付で、見ている限り
フランス人もちゃんと、風呂はともかく、シャワーは頻繁に入っているようです。

私のフランスでの初めての住まいとなったトゥールの町の下宿では、当時(1968年)
風呂、シャワーは無かった。と言うより形は有ったが使えなかった。
まず、お湯がなく、使えるようにする気が全く家主にはなかった。
風呂に入る習慣が無かったのだから、彼女は不便とも何とも思っていなかったようだ。
説明によると、タオル地で出来た、手が丁度入る長方形の袋状のバス・グローブを、
洗面器の水で濡らして身体をごしごしやる、と言う。いわゆるフランス式トワレットだ。

特別風呂好きでも清潔でもなかった私でも、人並みには風呂に入っていたから、びっくり。
でも考えてみたら、東京でも安アパートで、風呂は付いていなかった。
「それがイヤなら、公衆浴場に行きなさい」と教えられた。
一人ずつ区切られた個室になっていて、値段に応じてシャワーか浴槽か選べば良い。
両方の経験をしたが、どちらもぬるま湯で、風呂の場合は途中から水になってしまった。

そのうちクラス・メートと一緒に、市営のテニス場で週2〜3回テニスを始めたのは、
シャワーが付いていて無料で入れるのが、テニスする事より本当の現実的な理由だった。
シャワーのお湯は、幸いなことに途中から冷たくなることなく、温かくたっぷり出るので
テニスをした後汗を流して、一石二鳥で公衆浴場に行くこともなくなった。

フランス語でトワレットと言えば、トイレの意味も有るが、オー・ドゥ・トワレの如く
洗面、洗髪、化粧、着衣などの身支度、身づくろい、装い、の意味がある。
日本より乾燥した気候で肌のベタツキが無いことを大目に見ても、
フランス流の身体を拭うだけのトワレットをすることは、何年住んでも真似が出来ない。
せいぜい真似できるのは、シャワーで身体を洗った後、トワレットの水(eau de toilette)、
すなわちオー・ドゥ・トワレを身体につけること位だ。

日本に行けば、何を食べたい、とよく質問されるが、
何をしたい?の質問なら、真っ先に日本の風呂に入りたいだが、この種の質問はされない。
湯の中でゆっくり全身を温めて、外に出て石鹸で思いっきり何も気にせず身体を洗い、
気兼ねなく頭からかけ湯のできる開放感、気楽さ、快適さ、何にも勝るリラックス法だ。
その上ミカンの季節なら、湯に浸かってミカンを食べるのが、
子供の頃から今も変わらず好きだ。

                   チャン島にて  2009年2月18日

                               いくお




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