IKUOのひとりごと 〜フランス便り〜

<2009.3.7 File No.17>

アルサロと地下鉄

中学校に入学した時、丁度、皇太子と正田美智子さんのテニスで結ばれた恋、と言うので
テニス部の入門者が男子生徒だけで64人もいた。
連日、ボール拾いと空振りだけの練習で、実際ボールを打つことなど不可能な毎日。
1ヵ月後には半分以下、夏休み時には数えるほど、卒業時には2人だけ残っていた。

東京オリンピックも工事が進み、世の中も景気良く、国際的に英語位は話したい、と
面白おかしく、楽しく学ぶ英語の本、と言うのがベスト・セラーになるほどの売れ行き。
そんな折、入学控えて、英語塾に通い始めた。テニス部が始まる迄の1ヶ月間のみだが・・
他の中学校で英語の先生をしていて、近所に住んでいた年配の優しい女の先生で、
10人程の同級生の、気心知れた近所の子が中心の男子生徒のクラスだ。

初めての授業では、知っている身の回りの英語の単語を順番にひとつずつ言いながら、
英語は取っ付き難い物でなく、身近な物だ、と教える勉強だった。
アップル、オレンジ、ストロベリー、ベースボール、バット、ミルク、コーヒー、etc...
何周かするうちに、テンポも遅くなってくる。
洋食からヒント得て、スパゲティー、ピザ、誰かがビフテキと言えば、beef steakと
直してくれる。

洋食も知っている物がいよいよ無くなった頃、幼馴染の和夫ちゃんの番になった。
「・・・ンーン、トンカツ!」と言った。
確かにカタカナで書く店も有るけど、これはれっきとした日本語、豚カツだ、と
皆で大笑いして、すっかり緊張感が解れたのが懐かしい。

日本から来たある女社長、仕事で時々フランスに来る。
会社の名前がラビット、英語で書くとRabbit、ウサギと言う意味の。
「フランス人に聞かれて、ラビットと会社の名前を言ったら、笑われた。何故でしょう?」
と質問された。

日本語ではRaもLaも全く同じ発音だが、英語でもフランス語でもRとLの発音が違う。
正しく発音しないと、全く別の物を意味する場合もあるほど、重要な発音だが、
特にRの発音のない日本人には、違いが分からず混同される場合が多い。
ラビットと日本風に言えば、フランス語のla biteの発音になる。ペニスの俗語だ。
女性から突然ペニスと言われたら、フランス人もビックリ、さぞ驚いたことだろう。

「それじゃあやっぱり困るわ。フランスとも仕事があるのだし。
いっその事、フランス語に代えようかしら・・・」と言う。
「フランス語ではウサギのことはラパンlapinだけど、イメージは可愛いですよ!」
「ウチは女の会社だから、女性形にして雌ウサギで、ラピンヌ、lapineに成るのかしら?」
確かに雌ウサギは仰せの通り、ラピンヌとなりますが・・・
「これも考えようによっては、女性形定冠詞laに単語pineがついたとすれば、
ラピンヌの発音で、矢張りペニスの俗語になりますよ!」

男性の持ち物なのに、共に女性名詞であるのがフランス語の摩訶不思議なところ。
横文字でネーミングする時は慎重に考えないと、とんでもない事に成りかねない。

大阪で1970年に世界万国博覧会を催された。夏が特別蒸し暑かった年。
丁度夏休みの頃に、初めてフランスから日本へ、チャーター機が何便か飛んだ。
2年振りに見る日本、カナダ人の学生と一緒に、渡仏以来、初めての里帰りをした。
義兄や姪、甥らも集まると、アッという間に20人を超す大家族になる懐かしの我が家。
2年ぶりで、家族全員集まるのが好きな父の顔が、この上なく幸せそうだ。
大家族に圧倒される友人交えて、とにかくビールで乾杯。
子供達もジュースではしゃぐ中、フランス語で「チンチン!」乾杯、と友人の声。
姪や甥たちのクスクス笑いに、意味を説明したら、友達は耳まで真っ赤にしてしまった。

中学2年の時の担任の先生は、震えるほど怖い先生だったが、最高の英語の先生だった。
幼稚園の卒園式で一寸法師を踊った時、カエル役で一緒に踊った幼馴染の女の子で、
小学校の頃は珠算塾で一緒だった、オキャンで面白い子が、先生に当てられた。
「英語でチンchinと言うのは、お前は持っているか?」
モジモジ考えた末、「持っていません」と、か細く答えたら、
「お前、変なこと考えタンと違うか?男も女も、皆持っている、顎のことや!」と来る。
「予習を全然してないな!」と怒られる。

耕太郎と言う名前の、皆から何時もからかわられる、ちょっとテンポの遅い子がいた。
あるとき先生に地下鉄のことを英語で何と言う、と質問された彼は、
当時の、“・・メトロは、メトロは今日も終電車・・・”と言う流行り歌を思い出したのか、
「メトロ」と答えた。
「オイ、芋買うたろう。それはお前とこの親父の行く、新地のアルサロの名前や!」
と言いながら、アメリカ語でsubway、英語でundergroundの違いや、subwayは
イギリスでは地下道を意味する等、ちゃんと教えてくれるので、楽しかった。

アルバイト・サロン、俗に言われたアルサロと言う所に行く事もないまま死語となったが、
懐かしく思い出す数々のエピソードと共に覚えた単語は、何時までも覚えている。
アルサロと地下鉄は、私にとっては、切っても切れない間柄だ。

                   チャン島にて  2009年2月13日

                              いくお




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