IKUOのひとりごと 〜フランス便り〜


<2015.3.26 File No.32>


薬局


チャン島に商店が出来始めて、薬局第1店目も出現。

小さなスーパーでは蚊に刺された時の塗り薬程度なら売ってはいたが、
薬局が有れば何かの時の為に最低緊急の治療は出来ると安心だ。
店は小さくこじんまりしているが、未だ若くて可愛いコイという女性がオーナーだ。

バンコックで学び、見習い実習期間も終えて自分で最初に開いた薬局だそうだ。
タイでは医者は勿論、薬剤師になるにも英語は必須で外国人のお客相手には助かる。

ちなみに建築家になる為、美術大学で勉強したいと言う友人の子供も、
英語が必須で先ず英語のテストが第一関門らしく、今は未だデッサンよりも
先ず英語、と勉強していたのを思い出す。



薬局のすぐ横にレバノン・レストランも出来ていて、チャン島の食事で何時も
同じような物ばかり食べて飽きていたので、 薬局に寄る度気分転換に、
夕飯を此処で、オリーブ油たっぷりの料理を、好きだからと言う訳でなく、
何時もと違う物を食べたくて、食べに行った。

一度レバノンから来たオーナーの叔父さんと言う人が店に来て居て
フランス語で一緒にパリやフランスの事を話したことも有った。
大通りから横に入った静な行き止まり道で、通る人も少なくひっそりしていて
翌年島に戻った時にはレストランは既になくなっていた。



コイさんの薬局に、週末になるとバンコックからオーストラリア人の彼氏が
大きなセントバーナードと一緒に来ていた。
余り何度も逢っていないし話した事もなかったので、犬の記憶の方が強いが
彼自身はハンサムで金髪の青年だった様に記憶している。



商店の家主との契約法は色々有る様だがこの店は1年ごとに更新するらしく
翌年来た時には家賃の値上がりで、人通りの少ない場所から他に移っていた。

やっと見つけた新しい場所の薬局にコイさん訪ねて挨拶に行けば、金髪の男性も
一緒に居たがセントバーナードは居なかった。
コイさんにそっと尋ねたら、犬はもう来ない、と笑っていた。



道で逢ったクラウスに新しく引っ越した薬局の話をした時、今居る男性はベルギー人だ、と言う。
えっ? パートナー変わっていたんだ、と知らないで気分害するような余計な事を何も言わなくて
良かった、と胸をなでおろした。

ベルギー人のジョヴァンニは大変社交的で愛嬌があって、可愛い性格で
その上お人好しで未だ子供っぽい所も有って、誰からも好感持たれ商人向きの
魅力あるハンサムな青年だ。
勿論我々ともすぐ意気投合して仲良くなった。



父方のおじいさんが若い時イタリアからベルギーに移民して来たそうだ。
フラマン系なのでオランダに近い町出身で、自分の言葉はフラマン語、
要するにオランダ語と同じだ。

ベルギーの国語でもあるフランス語と英語も話し、タイ語、ドイツ語も多少出来る様で、
その上語学には天性の才能が有る様で、お客さんとして来るのを聞いて
今ではスエーデン語、ロシア語まで簡単な事なら分かる、と言う。



子供の頃から馬に乗って障害馬術のプロとしてベルギーで活躍していた。
16歳で既にスポンサーがつく優秀さで、コンペで何度も優勝していて、
その道では結構知られていた様だ。

若い頃から金の不自由なく大金稼いでいた様で、18歳からスポーツカーに
乗り回して派手な生活に慣れていた。
モナコ王室主催の晩餐会にも招待されたり、とレッド・カーペットの世界も知っている。

自慢するのでなく淡々と一つの出来事として話すので嫌味がなくカラッとしている。
人と話すのが大好きな、おしゃべりジョヴァンニ。
こんな調子でプリンセス・カロリーヌやステファニーとも話していたのだろう。



馬に乗っている時事故に遭い、足の怪我でコンペティションは断念せざるを
得なくなったが、その後は人に頼まれて教える様になった。

生徒は全て金持ちの息子、娘達で、彼らからも愛され親しまれ、自分から
要求しなくとも満足した親達は高い授業料を 払ってくれていたそうだ。

若い頃から金が必要と思う事なく、お金が彼に向かって来るタイプで
チマチマと小銭を数えるタイプではなく性格も大らかで爽やかだ。



そんな頃コイさんとネットで知り合い、タイに逢いに来てお互い一目惚れ。

彼の人生に大きなターニング・ポイントとなったが、彼女はヨーロッパで
住むのは寒過ぎて嫌だ、と言うので、迷う事なくベルギーでの全てを投げ捨ててチャン島に来た。
24歳の時であれから12年過ぎた。



前回帰国した時、皆からその馬は止めろ、という癖の有る馬に初めて乗ったが
12年のブランクに関わらず自分の身体が未だ覚えていた、と、嬉しそうに映像を見せてくれた。



結婚してベルギーからも資金導入して二人で会社設立して薬局を営業しているが、
薬剤師免許はコイさんが持っていて問題なく、ジャヴァンニはスタッフとして働いている。

国籍ベルギー、外国労働者として労働ヴィザを習得しているが1年ごとに切り替え更新必要。
その為に弁護士、会計士、と十分お金を払って全て必要書類が揃っているのに関わらず、
移民局では毎回嫌がらせをされるそうだ。

前回も3回にわたり、1週間しか許可を貰えず足を運ばされて、
最終的には絶対避けたいと思っていたが仕方なしに局員にテーブルの下で、
いわゆる賄賂を現金で渡してやっと1年呉れたそうだ。

タイは今、暫定政府で軍事政権に時代は変わっているが
役所仕事は前も今も全く変化なく同じと嘆く。
今年も又切り替えの時期が近づいて、頭が痛い、と言っている。



シーズン中、毎年11月から3月末迄は、1週間休みなく朝9時過ぎから夜10時過ぎ迄店に出ている。重労働だ。

雨期の5、6、7、8月は店を閉めて旅行したり普段出来ぬ事をする為の時間に
割当て、未だ雨期の終わらない9月からの店オープンの準備を始めるらしい。



薬に関しては全くの素人だったジョヴァンニも、経験からどの症状にどの薬が必要か、
殆ど分かる様になっている。
薬剤師のコイの意見を聞きつつも、簡単な薬なら一人で販売出来る。

あるとき島で逢う友人が、注射が必要になって薬局に連れて行ったが、
自分には資格は持ってないが馬に注射も慣れているし、自分でよければ出来るけど、と言ったが
この時はさすが、友人は断った。
馬と人間では、矢張り様子が違うと思ったのだろう。



唯一の大通りが島の銀座通りで全ての店が並んでいるが、その一角に、
働く女性の方が客より多い感じの、黄色い声張り上げるバー街が、
他の観光地同様島にも出来ている。

そこで働く女性やマッサージ、美容院で働く女性でエイズ菌保持者でも未だ仕事が必要で
働いている人が、客がコンドーム付けるのを拒否するという悩みや、妊娠の悩み、相談を 受ける
のも彼らの仕事だ。



客の中には麻薬を欲しがって店に来て、無いと言えば暴れまくる酔っぱらいや、
ビアグラ求めてくれば高すぎる、とコピーの副作用有っても安いのを欲しがるし、
そんな物取り扱ってないと言うと、食って掛かって来る。
挙げ句の果ては他で見つけて飲んだ後、病気になって助けてくれと駆け込んで来る。



つい最近もスエーデン親子が、7歳位の少女が熱湯かぶって顔に大やけどして飛び込んで
来たらしい。

見る限り、深刻なやけどでコイと二人して病院にすぐ行く様にと説得しても、
母親はそんな金、使いたくない、と行きたがらない。
幼い娘の将来の事も、目先の事のみ考えて何一つ少女の未来を考えてやらないのかと、
嫌悪感を持ったと嘆いていた。



薬局を始めた当時は今よりは未だ観光客も少なかったが、商売は良かったらしい。
まず競争相手の店がなかった事と、客層がもっと良かったと言う。

チャン島の客層はこの数年で最悪に悪くなっている、と嘆く。
懐具合だけでなく、マナーもモラルも何もかも低下した客層だと。



コイさんの妹は医者としてバンコックの病院で働いているが、
既に専門分野では胃腸消化器系の専門医資格を取ってあるそうだ。
今度は心臓専門医に興味を持って又勉強始めたらしい。
将来、妹が自分で開業したら一緒に仕事出来たら、と色々夢を語ってくれた事も有るが、
切羽詰まって後1年後の店の契約終えたら、今後どうするか決めねばならない、と今、模索中だ。

チャン島での商売は、益々興味がなくなって来ているのは良く理解出来る。
人当たりも良く近辺の店の人ともすぐ仲良くなるジョヴァンニには
既にレストランを一緒にしよう、とオファーも来ている様だ。



彼を見ていると、自然な流れに上手い具合に何時も乗って行けるタイプだから
その時が来れば、又思いがけない良い話がどこかからやって来るだろう。

何時も変わらずひょうきんな顔で、人に差別無く親切で、チャン島での薬局時代の話も、 ベルギー、
モナコの話も、次に続く人達に面白おかしく淡々と話している彼の姿が目に見える様だ。



今回も我々が島を出る前一緒に最後のお別れ会をした。
食べる事の大好きな二人の為に、ホテルのシェフに特別注文で、
フランス料理風にオードブルから順々に、一品ずつサービスして、
盛りつけも奇麗にそして料理は彼の創作料理で、と注文も多いが、
タイ料理も中華と同様何もかも同時にテーブルに届くので、たまには違う食べ方に新鮮味が有る。
まして今の我々のシェフは我々好みの繊細な料理で、アイデア豊富な創作料理が得意。

チャン島で食べる物も以前は考えられなかった程、バラエティーに富んで食生活は確かに
楽になった。



食事中始めから終わり迄食べ物の話で、日常の諸々のイライラがこの時ばかりは何処かに置いて、
楽しい時間を過ごせたと喜んでくれた。

ジョヴァンニと我々は薬局のお客さんというより友人として付き合っているので
いくら彼の好きなタイとは言え、たまにはヨーロッパの空気を吸うのもホッとする一時だろうと、
自国を離れて海外暮らしの永い身には良く理解出来る。









A Chiang Mai le 7 Mars
 

一森 育郎







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