チャン島に限らず20年前と今では随分様子が変わるのは極当たり前の事。
何も無かった島が、あれよあれよという間に何でも最低限度は手に入る島になった。
タイ国がタクシン政権になって、産業発展に力を注いだ時代で、国民の生活も
大いに近代化され便利で豊かな国へと変化した。
チャン島開発計画も国の援助が出て、個人規模のショップ経営にも、銀行からの
融資が容易に受け入れられる様になった。
開発計画でまず最初の大きな変化は 、30分ごとに行き来するフェリーの運航。
早朝からダンプカーが本土から建築機材を運んで、一日中島に着く様になって
海岸側のバンガローを次々壊しては新しく生まれ変わったホテルが出現。
山側の雑木林だった部分もショップやホテルが立ち並ぶ。
この頃から、本来チャン島に未開発の自然な島を求めて来ていた旅人は、
他の島に行くか又は島に残るとしても、未だ開発前のホワイト・サンド・ビーチ
よりもっと南の別の海岸に移ってしまった。
北欧のツーリストが多かったカオ・ラックも近くのプーケット、ピピ島などと同様、
10年前のクリスマスの頃の津波で大被害に遭って、
行き場所の無くなったツアーグループが、一挙にチャン島に到来。
チャン島に取っては既に開発が進み、受け入れ態勢が出来ていたのが幸いした。
津波以来、ホワイト・サンド・ビーチでも金髪の子供達を目にする様になった。
新たにこれを機会に、北欧の観光会社と繋がりが出来て、今ではドイツ人より
北欧からのお客さんの方が増えた感じだ。
ホワイト・サンド・ビーチが島内の他の地域よりよりいち早く開発されていた分
建築ブームも他より早く、より快適でより贅沢なリゾート地と造り直すために、
競って工事開始された。
ホテルにプール、スパ付きが当たり前になって、従来のバンガローは消失。
冒険求めて来る若者達が消えて、子供連れの若い家族か、定年退職組の老人達が
主流をなすファミリー海岸へと変化してしまった。
子供の頃から探し求めていた自分のパラダイスのイメージからは随分かけ離れた
海岸になってしまったが、子供の頃の夢と、今の理想的な条件は矢張り大きな差が有るので、
便利になった分確かに滞在するには楽になり、
それなりに快適な暮らしが出来るのは、
年を重ねた今の自分には都合良くはなった。
幸いな事に自分にとって救われるのは、大事な自分のプライベート・ビーチ、
殆ど誰も来る人のいない岩場海岸、自分で名付けたパラダイス・ビーチが
20年前と今も全く同じ状態で何も手づかずの状態で残っているのが有り難い。
昔も今も何の変化もない唯一の場所だ。
初めて島に来たとき、滞在先のリゾートの前は砂浜。
浮き付きで釣り糸を垂らせば泳いでいるのが見える黄色と黒のシマシマの魚、
名付けた“タイガー・フィッシュ”は釣れたが何となく物足りない。
隣のリゾートの岩場へも良く釣りに行ったが、毎日の長い海岸での散歩時、
その先の岩場を歩いて後ろ側の様子を見に行き偶然発見した秘密の場所。
岩ばかりで満潮時なら歩くのが危ないが、潮が引いてくれば滑る事なく岩の上を
歩いて辿り着ける、午後からなら行くのはさほど大変ではない。
とは言え、岩の上を歩いて行くので、高齢者はまず来る事はない。
すぐ後ろの山からずっと昔に転がり落ちて来た石の塊が、無造作に転がっている
だけで、全く手つかずの自然そのままの状態。
自然に岩が海に飛び出てまるで堤防状態になっている所から釣り糸を垂らす。
砂浜からの釣りとは違い、浮きなしの底釣りで当たり具合がより楽しめる。
顔見知りの現地の青年達も時々釣りに来る。
彼らは小山を一つ超えてその先で釣るらしいが、岩ばかりの山を更に越えて迄は
未だ行った事はないが、此処で充分自分には楽しめる場所だ。
滞在中、殆ど毎日の日課として午後3時から5時迄を、最近はハンモック持参で
木陰に吊るしたハンモックで読書、海に入ったり、釣りを楽しんだりしながら
約2時間過ごすが、2Kmの海岸を50分位そよ風を受けながら、ゆっくり歩いて
日没前の散歩兼ねてホテルに戻る時が、一日で一番幸せを感じる時だ。
とてつもなく大きな石がゴロゴロ転がっているので、たまに自分より先に
誰か来ていても石に隠れて見えないから、誰も居ないと思っているのに急にハンモックの前を
出口(入り口)の方に向かって歩く人がいると、ビックリする事が有る。
相手も勿論こんな所にハンモックで人が居るなんて思わないから同様に驚く。
お互い自分一人だけのプライベート・ビーチと思って来ているから。
3ヶ月余りの滞在中には、それでも2〜3人、一緒に海岸をシェアーする事もたまには有る。
海岸は皆の物、独り占めは出来ない。
皆自分同様、ファミリー・ビーチは嫌で静な所を捜している、と言う共通点が有るので、
お互い邪魔し合わないと言う暗黙の了解があって、挨拶程度に話す機会があっても
それ以上は入り込まず、自分の岩陰に場所を定める。
数年前のある時、海岸に着いたら誰かが自分の好きな平べったい大きな岩で、
丁度木の陰になるその岩の上で、テント張っているのが居た。
こんな所でキャンプなんて嫌だなと思いつつ近づいて行ったら、何と、偽坊主ではないか!
サフラン色の僧衣を海水で洗ってテントの横で干して、自分は岩影で昼寝して時間を潰している。
水の空き瓶や、空き缶、食べ糟、ショッピングバッグ等回りは散らかし放題。
ムカッとするけど、海岸は皆の物、此処には来るなとは言えない。
仕方なしに普段の自分の場所とは違う少し離れた所に、仮の自分の場所を見つけて移動した。
早朝目覚めて、ホテルのビーチから良く釣りに行くので、エレベーターを待つ間、
何気なくガラス張りの窓から道路側を見ると、バッタリ目が合った僧侶が
なんと托鉢中の、偽坊主。
自分の目が釘付けになってしまったが、相手もすぐ気がついて、
いそいそと駆け足で行ってしまった。
偽坊主は結構居るとは聞いていたが、自分の目で見て、ビックリ仰天。
托鉢で頂いた物を気に食わないからとそのまま少し歩いた所で置いて行く坊さんも見た。
チャン島には幾つもお寺はないのに、何処から来るのだろうと思う程僧侶を見かける事も有る。
ちなみにプライベート・ビーチのキャンプ中の偽坊主は、
幸いな事にその後テントを片付けてどこかに行ってしまった。
パリからの連絡で、大阪の高校時代からの友人が亡くなったと知らされた。
年下の働き者の旦那さんが癌と分かって暫く後に、あっけなくこの世を去って、
最愛の一人息子も不慮の死で先立たれ、慰める言葉も思いつかず話した電話で
今度帰国する時に逢う約束をしたのも実現する事なく、彼女自身も寂しくこの世を去ってしまった。
"セーヌ川に彼女を偲んで花束を流してきます"の知らせに、チャン島で
一番好きな自分の海岸から同じ様に友人を偲ぼうと考えて出かけた。
2Kmの海岸をブーケを持って日光浴している人達の前を歩くのは矢張り場違いだ。
お洒落な料理を作る彼女は、料理の飾り付けに良く庭の木の葉を使っていたのを思い出し
海岸で木のハッパを調達する事に決めた。
未だ高校時代の頃からの思い出に始まり次々とカゲロウのごとく思い出が蘇る。
語りかける事も話したい事も未だまだ一杯有っての別れだ。
まるで糸をたどる様に、彼女から関連して他の亡くなってしまった人への思いが、
次々と話す相手が増えて来る。
その度にハッパを海水に浮かべて、心の中の会話を続けていれば、家族、友人、
知人とかなりの数のハッパが水中に浮かんでいるのに我ながら驚いた。
気持ちはかなりメランコリックに、自分独りのプライベート・ビーチで
自分の時間を独り静に過ごしていた。
と、その時誰もいないはずの海岸で何か動く気配が。
サッと頭を上げてみたが、何か分からないが気配は確かに感じる。
よーく岩場海岸を見つめると、山から猿が降りて来始めている。
気がついた時には大群で30匹以上の猿が既に波打ち際近く迄降りて来ていた。
自分の居る場所よりはずっと入り口近くだから、すぐ襲われる心配はなさそうだ。
干潮時の日没前、時々餌の貝を求めて夕飯に来る猿を見ているが、今回は数が何時もより多い。
その内、特に大きな2匹がこちらの方に段々近づいて来て、貝だけでなくカニにも
飛びついて捕まえてはかぶりつき、あっという間に食べている。
これ以上近づかれたらヤバいと思い、小石を拾って投げ始めたが、怪我はさせたくないので、
ワザと当たらぬ様に。
キッと叫んで牙を向けて来るのは、たった一人で居る身には心穏やかではない。
何しろ相手は野生の猿、その上大群でどんな反応示すか見当付かない。
2匹のボスが居る様で2家族か2グループか、数の多いのも気にかかる。
何時もより食事時間も長いような気もするが、これからハンモックも片付けて
帰り支度もせねばならぬ。
日が沈むには未だ時間が有るが少しこちらもイラツキ始めた。
ふと思いついて手にしていた2ヶの石を叩いてカチカチ音を立てたら、反応を示した。
まず1匹が山の方に駆け始めたのを合図に一斉に山へと帰って行った。
あっという間の出来事で、嘘の様だ。
丁度タイミング良く食事も終わりにしようか、という頃合いだったのだろう。
日本の友人に猿の話をしたら、絶対に猿と目を合わせたらいけないと言う。
目と目が合えば、猿は因縁つけられたと思う、という説だが、猿を見てれば
当然目と目が合ってしまう、難しい注文だ。
チャン島の島案内の情報誌で、猿の写真を撮っているヨーロッパの婦人が
襲われた記事が出ていた。
猿を見て、"可愛い"と笑顔で写真を撮っていたらしい。
が、記事によると笑顔であっても猿には絶対歯を見せてはいけない。
歯を見ると猿は攻撃されると解釈する、との説明。
確かに猿も"キッ"と牙を出して恐い挑戦的な顔をするので、これは納得出来る。
猿は島のあっちこっちで目にするが、観光客に慣れて餌をせびりに来る場所もある。
バナナ等上げる人も多いから、本来の自分で餌を取る事が出来なくなって来る猿も
現れるのは矢張り自然破壊に等しい。
同時に、島が開発されすぎて、餌も以前程手に入らなくなっているのかも知れないと思えば
矢張り悪いのは人間だろうか。
山から私のプライベート・ビーチに降りて食事に来る猿達も、本来彼らの土地で
極当たり前になされていた事と思えば、食事の邪魔をせずゆっくり気の向くまま
猿も安心して食事を済ませられるよう、せめて邪魔しないのが他所から彼らの
邪魔しに来る我々の、最低限のエチケットとこの頃反省している。
このプライベート・ビーチは何時迄も自然のままで開発される事なく残されて
何時でも猿達が餌をあさりに好きな時に山から下りて来られるような場所で在って欲しい。
同時に我々少数のパラダイス・ビーチ愛好者が、他の海岸の大衆化されたのとは
違って、チャン島の古き良き時代を忘れる事なく楽しめる様に。
A Chiang Mai le 11 Mars 2015
一森 育郎
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