IKUOのひとりごと 〜フランス便り〜


<2015.3.26 File No.34>


渡り鳥の古巣


朝食終えてバンガローで一休みした後、目の前の海で少し泳いで、
海岸の散歩に行くのが日課だったが、他の人達も皆同じ様に自分たちの日課が有り、
何となく毎日決まった行動取るので散歩中、同じ人に良く逢う事になる。



すぐ近くで何時も逢っているとは知らなかったマダムから、ある朝いきなり声をかけられた。
"ヘイ、ガイズ"と、滅多にない声の掛け方で驚いた。
"お前達も永く居るな"と毎日我々の散歩に出るのを見ている、と言うのだ。



イギリスではないし、オーストラリアかと思ったが、カナダから来たとの事。
なる程、呼びかけ方がアメリカ的だ、とフランクさに納得したが
息子がここでホテルを経営しているので、島に逢いに来た、と言う。

我々のリゾートから2軒先のホテルだが、バンガローを壊してホテル形式の
ビルに今度新築したので見に来た、と。



知っている限り、バンガローから一つのビルにホテル形式で建て換えた中で
いち早く実現した所だが、今や殆ど全て此処と同様にバンガローがホテル形式に建て直されている。

当然同じスペースでの集客率から考えれば、効率良く土地利用出来る。

同じ敷地内に僅かに一戸建てのコテージとして、特別高価な庭付きの一軒家として
造っている所も有るが、従来のバンガローは主要地区では今や姿を消してしまった。



夕方の砂浜散歩時にはスリムな年配のカップルに毎回の様に逢う。

子供の頃から皆に“お前は、前か後ろか分からん”と言われる程、
夏休みは毎年真っ黒に日焼けしていた。

自分よりこの二人は更に真っ黒に日焼けしているので、正直、負けた!
と以前から逢う度に思っていた。



我々の慣れたリゾートもオーナーの自動車大事故で、スタッフから経営方針から、
すべて変わって居心地悪くなって来た当時、どこか他に良い所ないだろうか?と
模索中だったので、長期滞在している彼らに滞在先の事を聞いてみたら、
すぐ南隣の、新しく出来たホテルに滞在していると言う。



隣の岩場海岸から良く釣りにも行ったし、レストランも何度か行った事の有る所で、
ひなびた今にも壊れそうなバンガローの建ち並ぶ所が、工事が始まって夜になると
電気をつけて海を埋め立て土地を増やしているのを見ながら、"何これ!"と、話していた所だ。



何度か食べに行ったレストランの辺りに大きなプールを造っているのを海から
眺めながら、こんな奇麗な海が有るのに、"馬鹿みたい"と、あざ笑っていた所だ。



尤も今になって思えば、チャン島にプールを作るのは正解で、雨期の海が荒れる頃は
海水浴禁止だが、プールが有れば雨期でも一日中雨が降る訳でなくお客さんは楽しめるし、
観光客を呼ぶ事が出来る。



ドイツから来た年配の超日焼けカップルは去年オープンしたばかりのホテルに来て、
今回2度目の滞在と言う。

去年は全くお客さんが居なかったが、今年はチラホラ来る様になっていると。

至極満足げで、良ければ何時でも紹介しますと好意的に言ってくれるので
何はともあれ一度どんな具合か様子を見に行こう、と決めた。



去年は道を挟んで山側のビル、ホテル形式をオープンして、今年になって新たに
海側の部分をオープンしたらしい。

海側はホテル形式でなく全てヴィラと呼んでいる高級コテージだ。

山側、海側両方にあるプールや人工的に造られたホテルのプライベート・ビーチは勿論
どちら側の滞在者でも自由に使える。



部屋は当然住み慣れたバンガローより広いし、明るく奇麗だ。

生活するには便利そうで居心地も良さそうだが、唯一、目の前がすぐ海だった
バンガローの魅力は此処では手に入らない。



滞在先のすぐ隣だが、町の中心方向ではなく反対側の南側なので来る事もなく
完成されたのを見るのは初めてだが、海側の出来上がり具合を見て、
余りにもの建築家のセンス良さにすっかり気に入ってしまった。



あの老いぼれバンガローだったのが、こんなに変わるのかと魔法にかけられた様だ。

中庭を入ると直ぐ下に建設中、馬鹿にしていた濃いブルーの大きなプール、
その下には果てしなく広がる青い海が視界に入る素晴らしい眺め。

雑木林状にあった自然の木も程々に残して、自然な感じの良い庭になっている。

建物は全てシンプルで、良く見かけるセンス悪いタイ民芸調は一切なく
世界中、何処ででも通じるモダン感覚の今風のデザインがとにかく気に入った。
こちらに移動する事に即決。



10年滞在したバンガローから越して来る日はさすが感慨深かったが、
新しいスタートと割り切って、世の中の変化を受け入れて新しい環境での再出発だ。

唯一顔見知りの先日の受付の女の子が笑顔で歓迎してくれて、
我々の新しい生活が又ここで始まった。
今回、11回目の滞在を終えて、毎回同じ部屋ですっかり馴染んだ古巣になったと
これはこれで又、感慨深い。



当時は未だ建築家も定期的にホテルに来ていたので、知り合う機会にも巡り会えた。

ホテルのオーナーは山側の土地を購入して建築依頼を受けたが、
工事が始まってから道路を挟んで丁度反対側の海側も、違う持ち主だったのが売りに出たそうだ。

そちらも買う事になり急遽、雰囲気換えての設計、工事したので
1年遅れて2回に分けてオープンしたそうだ。



以来ドイツ人のシグリッドとカールとは同じ宿で滞在する隣人となったが
このホテルの最も古い顧客はスエーデンからのマーガレットとシェルという
元、学校の先生だった定年退職者だ。



スエーデンの夫婦は、近辺のリゾートで初めてのチャン島滞在している時、偶然
オープンしたばかりのホテルの前を通り、好奇心から中に入ってきたそうだ。

ガラーンとした人気のないレセプションで頼んで部屋を見せてもらい、
長期滞在特別価格でリーゾナブルな価格も気に入り、こちらに越して来たらしい。

朝食サービスは本来ビュッフェになっているが、お客さんが二人しか居ないので
ビュッフェ・サービスは出来ずア・ラ・カルトで好きな物を作ってくれたそうだ。
記念すべき最初のお客さんだ。



数日後に、初めてチャン島に来たドイツ人夫婦は、予約したホテルがオーバーブッキングで
行く所がなくなり、ツーリストの店に行って紹介された新しいホテル、という事で辿り着いたらしい。
シグリッドとカールは、オープン以来二組目のお客さんだ。



カールは卓球大好きで、ドイツの自分の町でもクラブに参加している程のマニア。
滞在者を誘っては卓球相手に、ホテルの台で毎朝1時間程、時間を潰す。

自分もシェルも、他にも希望者がいれば大歓迎。
しかし、誰もが上手いとは限らない。
特に学校の先生だったシェルは体育の先生ではなかった、と直ぐ分かる腕前。



何度か一緒にピンポンを楽しんだが、定年退職者の多いホテルの事、
一緒に卓球をする長期滞在者の中では自分が一番若かった!
ボール拾いを嫌でも一番動きが速い自分がやる事になってしまう。

卓球台の置いてある建物は、庭から一段高い所だから、庭に落ちたボールは
暑い中、外に出てグルッと回って庭に出て、その都度拾って来る必要が有る。



その内誘われても断る様になってしまったが、10年余り経った今もカールは
仕方なしに、嫌がっている奥さんのシグリッド相手にピンポンを続けている。

ドイツ人の几帳面さなのか、本当に卓球が好きでたまらないのか、する事なく退屈なのか、
どれが正解か、それとも全て当たっているのか?



マーガレットとシェルは、その後も毎年2ヶ月の滞在で島にやって来る。

日中はホテルの海岸で過ごして休暇を楽しんでいるが、木陰が彼らの場所だが
シグリッドとカールは炎天下の彼らの指定席の様に、毎日同じ場所に3ヶ月間
休みなく、当時は朝から晩迄居座っていた。



パラソルは差す物の、飽きもせず良く出来ると感心する程、毎日毎日。
そこ迄黒いからもう止めたら、と思うけど、肌も乾燥してカサカサになっているのに
気にしないのか帰る日迄、とにかく海岸で過ごす。

カールも今年81歳になった、この2〜3年はさすがに日中2時間位は部屋に戻って
休んでいる様だ。



スエーデンの二人は11月末から2ヶ月来るので、我々より一足先に島に着く。

国に戻る時は未だ寒い時だが、その後はスキーを楽しむそうだ。
寒い国の人は、矢張りウインター・スポーツを誰もがするらしい。
永い冬、確かにそうでもしなければ凍え死んでしまいそうだ。



数年前、島に着いてホテルの海岸で逢うと、シェルの足に包帯まいて怪我した様子。
何事かと驚いて聞いたら、着いて直ぐ岩場を歩いた時、貝殻で足を切ったらしい。
傷が深かったので病院で縫ったそうで、海には入れないと言う。
ホテルの海岸の長椅子で、読書するのが唯一バカンス中出来る事だ。



その年は帰国間際にやっと包帯が取れたが、余りバカンスを楽しめなかった様だ。

帰り際に、“すっかり傷も治った事だし、これで安心して帰国出来る時が来たね”
と、冗談言って笑って別れた。



その次の年は滞在中にシェルが夜中に具合悪くなり救急車で病院に運ばれた、と
翌朝、知らされた。

島にある病院では検査は出来るが、心臓に問題有りで入院が必要になったため、
フェリーをチャーターして夜中に同じ病院の入院施設の整った、本土トラットの町の方へ
運ばれたらしい。

数日後、様子も落ち着いた頃合いを見て、長期滞在者が集まりお見舞いに行った。



その年の彼らの帰国10日程前には、今度は奥さんマーガレットの具合が悪い。
午後逢った時には、盛んに"暑い暑い"と言っていたその日の夜、矢張り島の病院に。

旦那と同じようにその後、本土の病院に運ばれて1週間入院。
彼女は、デング熱になったらしい。



初めて知った病気だが、蚊に刺されて感染する病気らしい。
高度の熱が出るらしいが、特別治療法がないと聞く。

薬局で話したら、島でも去年7件デング熱患者が出たそうだが、殆ど山側で
海岸でのケースはない、と言うが、観光客が逃げるのを怖がって公表しないらしい。



モーターバイクの事故は日常茶飯事で頻繁に有るのは皆知っているが、
つい最近も近くのホテルで夫婦喧嘩した未だ40歳代のスエーデン人夫婦の亭主が
酔っぱらっていたのか、突き落とされたのか、テラスから落ちて打ち所が悪く死亡したが、
誰もそんな事知っている人は居ない。

死人が出る事故や、殺人があっても知る事ない、公表しないから、とも教えてくれた。
観光産業は島での大事な収入源、おろそかには出来ない。



マーガレットも無事退院して帰国には何とか影響与えず予定通り帰ったが
とにかく未だ、身体がだるい、と訴えていた。

国に戻って真っ先に自分の医者に見てもらって、その後は収まっては来た様だが
後に届いたメールによると、疲れが取れて元通りになるのに6ヶ月以上掛かった、と言う。



医者からは二度目に掛かると命に関わる事になりかねない、と脅されて
以来ホテルの一番古い顧客二人は、チャン島どころか、タイに来なくなってしまった。

2年続いての災難で、タイとは別れる決心をしたのだろう。



ホテルで滞在するには確かに快適さが増したが、快適さ故、来る客層が子供連れか
定年退職組が大半を占める様になって、以前のバンガロー時代の様に
ユニークな人とホテルで知り合う事はなくなった。



ホテルがオープンして12年になるらしいから、当初から来ているシグリッドもカールも、
当然我々も、又当時から働いている従業員も皆其れなりに加齢して島暮らしそのものが
快適になった事に関しては、誰も文句言う者はいない。



住み慣れた古巣に住む渡り鳥達も、身体を壊して来られなくなる人が出始めて
お馴染みさんが少しずつ減り始めた。

我々も後何回来られるだろうか?と話題になる年になってしまった。



勝手知った同じホテルの同じ部屋、通算すればかなりの時間を過ごしている。
まるで我が家のようにリラックスできる古巣に、これから先も暫くは戻って来られるよう、
未だ当分、羽ばたいていたいと願ってはいるが。。。









Chiang Mai le 15 Mars 2015
 

一森 育郎







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